皆さん、こにゃにゃちわー
今日はアンテロープキャニオンのお話です。
過去のブログはこちらから
ナホバネーションへ入りました。
アンテロープキャニオンは、アメリカ・アリゾナ州にあるナバホ族の居住区域にある渓谷です。

ナホバ族はネイティブアメリカンの中でも第二の大きさを誇る部族です。
私たちが知る「アメリカ」という名称に決まったのは1507年のこと。
日本だと室町幕府くらいの時代。
実際にはそれより500年以上も前の西暦986年、北米ではスカンディナヴィアに生息する海賊たちが「ヴィンランド」と名付けています。

海賊と言えば猫八世代には「小さなバイキング」でお馴染みのビッケですが
これ北欧のお話なんですよね。
スウェーデン人は“バイキング”と呼ばれます。
西暦800年頃から約250年間をバイキング時代と言われています。 スカンディナヴィア半島の人全体を指す言葉になりました
皆さん、しゃかりきコロンブスでお馴染みの…

コロンブスっていたじゃないですか?
あのアメリカ大陸を発見した冒険家です。
アメリカ大陸にはコロンブスが到着する2万年近く前からシベリアから現在のベーリング海峡を経てきた人々が住んでいました。

それが先住民「インディアン」です。
インディアンと言えば、インディアンジョーしか知識がない。
しかし、インディアンジョーはインディアンと白人の混血だったらしいです。
インディアンジョーが出てくる「トムソーヤの冒険」は1840年代頃のアメリカ
つまり南北戦争前です。
アメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)はもちろん今も存在しています。
先住民とは?
ある土地に最も古くから住んでいた人々のことで、植民地化などで後から来た多数派とは異なる文化や伝統(言語、習慣、社会組織など)を守り、次世代に伝えようとしている人々のことです。
ネイティブ・アメリカンの血を引く有名人としては、ジョニー・デップやアンジェリーナ・ジョリーが有名ですね。
話は戻りまして、アンテロープキャニオンはアメリカ合衆国最大のネイティブアメリカンの自治区である「ナバホインディアン居留区内」にあります。

現地のツアーガイドがいないと中に入ることは出来ません。
ここからはチェリーとはお別れし、ナホバ族のツアーガイドさんにバトンタッチとなります。
なかなかネイティブ・アメリカンの方と会う機会なんてないから嬉しかったです。
気楽にやってきたアンテロープキャニオンですがかなり過酷でした。
体力がない人には無理なので、猫八の年齢でもギリギリだなと思いました。

こちらはナホバ族のガイドさん
これは上りだからまだマシなのですが、この洞窟に入る際は下りです。
この写真を見ると分かると思うのですが、階段の幅が僅か15センチくらいしかないのです。
つまり普通に階段を上り下りすることが出来ない。足を横にして階段を使うので、普通に「あ、落ちるかも」と何度も思いました。
手すりを使って一段一段降りていくわけですが、高所が苦手で運動神経の悪い猫八は後ろからの圧迫に耐えられないので
スペイン人達を先に行かせ最後に行くことにしました。
ノロノロしている猫八にナホバ族のガイドさんが「よくやった!」と褒めてくれましたw

見上げると巨大な岩が層になっており、見たことの無い景色でホンモノなのか?と疑いました。

洞窟の中に入ったのですから空が見えます。
日本の鍾乳洞が如何に整備されたものなのかよく分かりました。
ここは写真はOKですが動画は禁止されています。

風と雨だけで出来た洞窟というのも意味わかんないですよね。

高さにするとこれくらいです。
私たちは手ぶらなのですが、実はここに入るには飲み物とスマホしか持ってきてはいけないというルールがあります。

このような狭い道をくぐって行くので、バッグを引っかけて岩を壊したら大変なことになります。
なので、猫八はポケットに強引に飲み物を忍ばせ手ぶらです。
荷物はチェリーに預けてあります。
正直、パスポートやらなんやら大事なものがあるのでちょっと心配でした。
しかし、このツアーではこれが通常のようです。
手ぶらではないと階段の上り下りは出来ません。

岩から見える空の形が「タツノオトシゴ」だとナホバ族のガイドさんが教えてくれました。
しかし、日本人ガイドを頼んだのにチェリーはこの中には入れず、ナホバ族のガイドさんはもちろん英語オンリー
スペイン人たちは全員英語を理解しており、日本人って日本語だけで生きていけちゃうから海外行くと弱いですよね。
しかし、このタツノオトシゴについては日本語で教えてくれたので私たちにも通じましたw
わざわざ調べてくれていたのかもしれない。

外に出てから、この洞窟がどんな風に出来たのか水と砂で教えてくれました。
私たちを「Friends」と呼び、親切で本当に良い子でした。
英語がもう少し理解出来たら良かったのに。
アンテロープキャニオンのツアーが終わり、チェリーと合流しました。
この頃には猫八も回復し、チェリーの話も聞くことが出来ました。

グレンキャニオンダムにやって来ました。

こちら恐竜の足跡

デカすぎるダムだが、もう何もかもデカイのでさほどこの頃には驚かなくなる我々。

冷静に考えたら雨が降らない砂漠になぜダムがあるのだろうか?
コロラド川から来ているらしいです。

Glen Canyon Dam Bridge
ここ歩けるそうですが、我々は時間がないので遠くから見ながらチェリーの豆知識を聞くことに
しかし、こちらも初老のためこの素晴らしい豆知識をほとんど覚えていません。

このダムにちょっとしたお土産屋さんがあり、同じツアーに参加していた中学生くらいのスペイン人の男の子が親に「これ買ってくれ!」とめちゃくちゃただをこねていたんだけど

欲しがってたのがこの帽子だったので、ちょっと意味が分からなかったです。
さて、ここからはまた時速120kmでラスベガスへ帰ります。
想定していたよりも1時間ほど早く帰ることが出来ました。

間もなくラスベガスへ到着という所で…
突然、車内に大音量で音楽がかかりました。
エルビス・プレスリーの「ビバラスベガス」という陽気な曲です。
もちろん、私たちこの曲を知らないので何事かと思って聞いていたら

お前が歌っとんのかーい!
マイクで熱唱してたのスペイン人の運転手だった。
ツアーのお別れソングらしいです。
そして、最後にガイドさんにチップをお渡しし感謝の言葉を述べサヨナラする頃には情がわき何だか寂しくなりましたが
ドアがさっさと閉められてチェリーは行ってしまいました。
スペイン人ガイドは私たちと同じ場所で降りたので、大通りまでスペイン人ガイドと話しながらホテルへ向かいました。
チェリーについて少しお話しますと、チェリーは若い頃にアメリカに憧れ静岡からやってきたそうです。
今も尚「アメリカが好き」だと言ってました。
日本へは猫がいるので、ほとんど帰っていないそうです。
正直、かなりのお年を召したガイドだったので最初はかなり心配でしたがアメリカの歴史や俳優さんの話など楽しかったです。
私たちが彼に出会えたことはラッキーだったと思います。
このブログでは「チェリー」と書いていますが、皆さんからは「トミー」と呼ばれ親しまれていました。

トミオさんだからトミーらしいです。
82歳とは思えぬ後ろ姿です。
アンテロープキャニオンの旅は生涯忘れられない旅となりました。
それでは、続きはまたね!
